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August 24 「強くなれ」悲しみを 心の傷にするな
苦しみを 心の強さを変えていけ 無知 故に 無垢でいられるだろう 無知 故に 無心でもいられよう だが 本当に それでいいのか 無知 故に 傷付きもするだろう 無知 故に 騙されもするだろう 知識がすべてを解決するわけではないが
知識が無いばかりに 陥れられることもあろう 無知と 無垢は 紙一重 無知 故に 無謀であることもあろう 無知 故に 暴挙に走ることもあろう 賢く聡く知恵者だからといって 無心でいられるとは 限らない 生き抜くための 強さとは
いかなるものであるのか 生きていくための 知識とは どのようなものなのか それを 見極める術を考えることが 強さというものかもしれない 2009.H21. 8.16.sun August 21 「夏の極(きわ) 秋の始り」湿った夜風にのり
百合の甘い香りが闇を満たす 今こそ盛りと ひときわ高らかに 夏の虫たちの声が響く 夏の極と秋の始まりが交差する 刹那の時期 萌える緑も 柔らかな若々しさから 硬く老齢を匂わせる深い色へと変わってきた 夏の暑さにあえぎ疲れ 夜風の冷たさに震え疲れ 熱い湯で入れた一服の茶に 肩の力が抜けていく 激情だけの時を通り過ぎ
穏やかに見つめあえる時を迎えた 絡めた指さえ 性急な欲情よりも 心の温もりを伝えてくれる またひとつ 日と月を重ねて ふたりの時が満ちていく 2009.H21. 8.16.sun August 19 「囁く者こそ ぼくの声」ぼくなんて
居なくても 何も変わらないよ 戦争も病気も ぼくが いようがいまいが 起こるものは起こるし 発生しないものはしない ぼくが 何かしたからといって なにも変わらない 誰もかれも ぼくとは 関係なく生きているし 生活している なのにぼくは それがたまらなく不満なんだ どうしても 不安なんだ ぼくは 人のことなんて どうでもいいし関わりたくない なのに 心の奥底で 何かが 何かが囁く 「本当にそれでいいの?」 「本当の望みは 何?」 ぼくは ぼくは ぼくは ぼくは ぼくは 誰かが 教えてくれたわけではないのに 誰かに 吹き込まれたわけでもないのに それじゃあ いけない そのままで いいわけない そう ぼくの心の奥底で 感じている 知っている 判っている ぼくが居なくても みんな困らないさ でも でも でも でも でも ぼくに居て欲しいという人に 出会えるかもしれない ぼくの手が 役立つ時があるかもしれない ぼくを愛してくれる人と ぼくの愛する人と 出会えるかもしれない そんなぼくの未来を ぼくが自分から放棄してしまうのか いじけて自暴自棄な ぼくの声と なにもかも信じていた素直な頃の ぼくの声 口から飛び出す汚い言葉は いじけたぼくだ 耳元で囁いているのは 素直なぼく 本当の勇気を持って 選ばなきゃあいけないのは 囁くぼくの言葉だということは 知っているわかってる 弱くていじけてへそ曲がりな ぼくの言いなり きっと 変わるよ 変えてみせるよ だから もう少しだけ 時間をください 囁くぼくの声とひとつになれるまで もう少しだけ 待っていて下さい 2009.H21. 8.18.tue August 18 「独占」陽射しの温もりが
おまえの頬を染め 瞳に煌めきをもたらし 柔らかな動きを作り出す 乾いた風が吹き抜ける 凍える日 流れる雲に目を向け 好奇心に満ちた笑顔で 寒ささえ忘れさせる 満月の夜は 月光を浴び 肌はより白く 丸みを帯びている 緩慢な動きの中にも 無駄は無く 柳の如くしなやかさ 触れる肌の冷たさも 交わるまでの刺激剤 闇に伝わる吐息は 激しさを増していく 温もりから灼熱へと変換される アナログにしかない好機 ふたりにしか計れない 一瞬の永劫の悦楽 じぶんだけが知る おまえの恍惚 2008.H20.1.23.wed August 16 「じぶんというもの」自分で わかっている
別に高尚なものを 書いているつもりはない
高尚でありたい という憧れはあるが 時代とそぐわない ということ
時代が求めていない ということ 誰にも 共感されない
誰も 答えられない 誰もが 答えたくない そう わかっている
誰もが 避けて通りたい話題に 触れているから 誰もが 見たくない本心を さらけ出さそうとするから でも 逃げても逃げても 逃げ切れないなら
向かい合うしかない だから 書くしかない
恥ずかしくても 苦しくても 悲しくても 人として 下地に落ちたくないから 人として 全うに生きたいから 恥を知るものでありたいから
怠惰を正当化したくないから 無知でいたくないから 自分で自分を知り
自分を戒め 自分に渇を入れ 叱咤激励反省習得・・・ 日常の出来事さえ 自分の選んだ行動の結末
大難を小難にするのも 自分次第 結果結論 すべては自分の行動が蒔いた種 人のせいにしてはならない 未来を見据えて 自分本位の利己主義者にならないよう 利他愛に促された行動が 自分の本位となることこそ 幸せになるための 妙法であるということ 悩むことこそ 時間の無駄 結局 ここにたどり着く
わたしは あなたのために あなたは わたしのために お互いに 手を差し出し 喜びを与え合う 分かち合う その空間 距離感を 作り出すこと 自分らしく居られる所になる そうして 作った幸せ空間が
自分の時間を作ることを 許され 自分の好きなことをすることを 許してくれる 利他愛でした行動が 自分を幸せにしてくれる
そこに帰結する
そう とてもよくわかっている
自分というもの あなたを通して 自分を知るということも 2009.H21. 8.16.sun August 15 「あなたは本当の大人になりましたか?」本当の大人とは なんだろう?
誰もが 考え それぞれの答えを持っているだろう 結婚したから 大人? 子供を産んだから 大人? 結婚していなくたって 子供を産んでいなくたって 大人の精神をつちかっている人はいる 本当の大人って何? 自分なりの答えのひとつ 子供を産んだ以上 自分の時間や楽しみを優先することより 子供を育てること 子供の成長を見守ることに 重きを置き 尊重できること 自分の楽しみなんて
子供が手を離れてからでもできる 自分の時間なんて 子供が生まれる前に十分満たした 子供がかわいい 子供と楽しむ
子供を手放す喜びを迎える 子供に限らず 無償の愛を注ぐことが出来る それが 本当の大人の出来ること 本当の大人は 人のせいにしない 自分のなすべきことをなし 自分のすべきことをする 自分の行うことが 人を育て人に役立ち人を助ける そういう行動ができる そういう人を目指し そういうことを学びたいと ゆっくり じっくり 少しずつ 考え行動に移すことができることが 大人をつくっていくのだろう 子供の将来をつくるために役立つなら 自分の時間なんてなくてもいいさ 子供と共にいる時間を楽しめるなら 自分の時間をささげよう それでいいじゃあないですか 大人の時間は長い 子供のときは短い ほんの少しの我慢もできない 大人には なりたくない 本当の大人になるために 子供に尽くすことは 犠牲ではない 無償の愛なんだから ほんとうに わかっているのかな? 2009.H21. 8.15.sat August 13 「ふたり道」重ねた唇で伝わるのは
性欲だけではないはず 絡めた舌で現すのは 欲望だけではないはず 瞳に映るのは あなたの表情 愛にひたる あなたの心情 性をも満たす あなたの愛情 絡めた指で伝わる 熱情 触れる肌で伝わる 劣情 繋がり伝わる 激情 性だけが 満たされるものではなく 心だけが 満足するものではなく 共に過ごす時間は 心を結び 重ねる体躯は 人生を結ぶ 快楽だけでは つくれない 信頼と親愛と愛情という ふたりで築き上げていく共有空間 ふたりでつくる生き様 条件なんかじゃあない 打算じゃあない 魂が呼び合う 引き寄せあう 本当の愛をつくる ふたりの道行き 2009.H21. 8.12.wed August 12 「この大地に 生きる」ハルニレのように 諸手を伸ばし
風を受けて いきいきと生きたいな ポプラのように 顔を上げて
青空を目指して のびのびと生きたいな 大地にしっかりと根を伸ばし
照っても枯れても 負けない強さを 見つけていこう 深い森に埋もれるように
ひっそり咲く スズランの 気高き香りの雄雄しさよ 霜の降りる寒さに負けじと
たおやかに咲く 玄草の たくましき姿の愛しさよ 大地は 命の揺りかご
晴れても曇っても その身をまかせ 次の命を託していく はい松のように 大地にしがみつき
重い雪にも 耐えようぞ ダテカンバのように 己の姿を歪めても
強い風にも 耐えようぞ 大地は 命の源 命の還る場所
ここで生まれ ここで生き ここで尽きる 大地にはぐくまれ 次に命をつないでいく 大地に守られ 大地にいさめられ
大地に活かされ 大地にのみこまれ 正も負もない 聖も悪もない
あるがままに なすがままに 永劫の 深遠の 悠久の 時を紡いでいくだけ 人として
罪深きこともあろう 強欲にまみれることもあろう それでもなお この大地は その深い懐で 熱い恩恵で 生きることを 許してくれる 生かされていることを 教えてくれる 愛しき この大地よ
2009.H21. 8.11.tue August 08 「うらはら」純真なものを
守りたいと思う気持ちと 穢してやりたいと思う気持ち ぼくの心に 両方ある 雪が降ったばかりの
真っ白な雪原を そのままにしておきたいと思う気持ちと 無造作に走り回り跡を残したいと思う気持ちと ぼくの心は揺れている 生真面目なあいつを見習いたいと思いながら
融通の利かなさを馬鹿にしている 素直な良い子ちゃんをかわいいと思う反面
ぶってんじゃあねぇと毒づく どんなときにも
どんなことにも ぼくの心には 気持ちには 両方が存在し どちらを選ぶべきか 迷う ぼくがいる 君を好きだと言ってしまいたい
そのうらはらで このまま仲の良い友のままでいたいとも思う いつだって
うらはらの気持ちを持て余し 何も出来ずにいる うらはらな ぼく
2009.H21. 7.31.fri August 06 「自己の確立は思いやりと感謝から」その昔 漫画の中にあった話
仏教の法話の1節 『極楽と地獄には 五尺もある大皿にのった ご馳走が いつも 用意されている。 あの世で幽界誕生した者たちが集い 好きに食すことを許されていた。 しかしあるのは、六尺もある長い箸だけ。 ここでは 用意されている箸以外は 使うことを許されておらず、 手づかみで食べようものなら、 容赦なく餓鬼道に落とされていった。 地獄の亡者たちは われ先に食しようと 箸を奪い合い 争い 暴れ 馳走を自分の口に運ぼうともがくが 箸が長すぎて なにひとつ口に入れられない。 周りにいるものを蹴散らし、席を譲らず、 結局は飢えたまま餓鬼道に落とされていった。 極楽では、箸を手にした者は まず 皿の向かい側に座っている者に 「お先にどうぞ」と馳走を取り 向かいの相手の口に入れる。 また 馳走を食べることが出来た者は 「あなたもどうぞ」と馳走をかえす。 そして 後に控えている者に席を譲る。 そうして誰もが 飢えることなく 争うことなく 浄土へと歩を進める。』 自分が大好き、自分を大切にしていると聞くと、
「自己愛の強いエゴイスト」と思われがちであるが、 自分を愛してくれる人への 恩返しであろう。 一流といわれるスポーツ選手や学者、企業家は
自分の能力を高める努力を惜しまず、 自分を取り巻く人々への 感謝を忘れない。 ちょっとした我慢や他者をおもんばかる心を 勇気をもって行う人を見て、我々は「その人」を 「一流」として認めているのだろう。 利己愛は確かにエゴであろう。 利他愛は自己と他者とを高める これこそ 一石二鳥の妙法なのかもしれない。 幼い時には「ふ~ん」と流していた話も
大人になると「なるほど」と理解できる。 人に奉仕できるならば、 奉仕を受けることもできる人になる。 まず 自分が行動をすることが 他者の良い行動を促すことになる。 いろいろな受け止め方はあるだろうけれど、
うらみ・ひがみ・ねたみ・そめみの心で、 人をみることが、一番 損な生き方かもしれない。 後は いじけていること。 自分を惨めにさせるほど 素直ではないこと。 うたがり深く 思い込みが強く 間違った情報の書き換えが出来なく、 人の話に 聞く耳持たない。 誰彼かまわず 乱暴でけじめのない言葉使いをし、 そういうことを直そうとか正そうという、 意力気力がない。 汚い言葉使いをして「恥ずかしい」という 自分自身に羞恥心のないこと。 「人を落とすのではなく、自分が上がること」
そのための努力とは? そのために必要なこととは? 辛いこと悲しいことは 避けられないなら 小さく軽くなるよう 努力することだろう。 「お先にどうぞ」といえる人になることが 自分らしいことになるように また 今日を生きる。 どんな生き方もどんな考えも 結局は自分で決めている。
反抗することも、素直に従うことも。 失敗なんて当たり前。泣くことも笑うことも当たり前。 権利があるなら義務を伴い、責任を背負うこととなる。 人の生き死には 神の決めたことかもしてないが 自分が人として生きていくのならば、 自分の人生の行いに 神は不干渉である。 自立を目指す子供に親が過干渉になれば 弊害をもたらすことと、同じである。 運の良い悪いを天のせいにして なんの努力もせず、不平不満ばかり一人前。 そんな者には なりたくない。 そんな者と 一緒にしてもらいたくない。 孤高であっても 孤独ではない。 寂しさがあっても 悲しくはない。 愛されるだけではない 愛する人がいる。 この世の天にも地にも海にも 愛が溢れていても 気付かなければ 厳しさに飲み込まれ うらぶれていく。 この世の 愛に美しさに 気付けたなら 生きながらにして 心は救われていくだろう。 だから 「お天道様に感謝」する心を 子々孫々、伝えていきたい。 2009.H21. 8. 5.wed
※ 自分は恵まれている。
親に大切にされ、家族に愛され、友人知人もほど良い距離にいる。
だからこそ、この恵まれている人生にふんぞり返ることなく、
日々 感謝を重ねていくことが、恵まれている人生に対する
恩返しでもある。 |
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