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    November 08

    「迎 冬」

    大地が空気が 凍りついた
    霜の降りた朝の空間は
    小鳥たちの遊戯場
      
    車の騒音も 人の喧騒も
    まだ まどろみの彼方
      
    同じ茜色なのに 東は希望 西は刹那
    同じ太陽なのに 気持ちをこんなにも 揺さぶる
      
    ピリピリと冷えている空気で
    体の隅々まで 満たそう
    冷たさが体を 火照らせる
      
    もろ手を広げ 朝日を受けよう
    暗闇の底まで光が届くように
    心に光をあて 影を無くしてしまえ
     
    木々の葉が散っていく 侘びしさが
    冬を迎える寒さに 引き締まっていく
     
    泣いてる場合じゃあない 
    うつむいている暇はない
      
    冬が来る
    冬が来る
      
    動き出せ 移動しよう
      
    冬を迎える
    心の覚悟が試される
      
    あまちょろさをかなぐり捨て
     
    さあ 冬を・・・
     
    2009.H21.11. 8.sun
    November 05

    「君と・・・」

    雲間から見えた 星の瞬きが
    希望をもたらす 光のように
     
    泥土から育ち 天上にむかい
    咲く蓮が 清らかであるように
     
    泣き笑いしている君のすべてが
    ぼくは 愛おしい
     
    どうか ひとりで泣かないで
    ぼくも 共に涙を流そう
     
    どうぞ 共に喜びを
    君と共に 笑いたい
     
    不安だから 共に手を取ろう
    心配だから そばで見守りたい
     
    共にかばい合い 支えあい
     
    陽の光が 温もりを
    水の冷たさが 恵みを
    夜の暗さは 安らぎを
    炎の揺らぎが 寄り添いを
     
    君とふたりの時間が
    ぼくの生き様になる
     
    唇を重ねたぶんだけ
    心も積み重なる
     
    君といる 豊かなる時
     
    2009.H21.11. 5.thu
    November 04

    「暗闇を見続けて」

    ねぇ きみ
     
    ひざを抱え 顔をうずめ
    いつまで 泣き続けていたら
    気がすむのかな
      
    ちょっとだけ 周りの音を聴いてごらん
    勇気を 元気を 慰めを 優しさを
    あげたいと想いを込めた歌が あふれてるよ
     
    大丈夫 ひとりじゃないよ
    そう 物語る本がたくさん積まれているよ
     
    なのに きみには 何一つ 
    耳に入らないの 目に映らないの
     
    世間が 社会がいけないんだ
    そう つぶやき続けて
    耳を塞ぎ 目を閉じ
    心を頑なにしているのは 誰?
    心の闇に浸かっているのは なぜ?
     
    「人は何のために生きてる?」
     
    泣いて笑って 悔しんで怒って
    喜怒哀楽をめいいっぱい楽しむためだよ
     
    苦しいことがなければ 
    喜びの価値なんて なくなるよ
    悲しいことがあるから
    笑うことの喜びが 尊い
     
    人は生きるために 生まれてきただけのこと
    生きるということは 波乱万丈なんだよ
     
    そこに うずくまったままでは
    うらみつらみを募らせているだけでいいの?
     
    そのままでいたいのか 変わりたいのか
     
    闇に飲み込まれるのか
    陽射しの中を歩いていくのか
     
    出来るのは 自分しかいない
     
    2009.H21.10.29,thu
    October 31

    「生きる」

    まわりから とやかく言われりゃ
    頑なになるばかりの わたしの心
    だったら 
    自分で閉めた扉なら
    自分で開けるっきゃない
     
    自分で塗り固めた塀ならば
    自分でほじくり穴を開けるしかない
     
    踏み込まれるのが嫌で
    高く高く積み上げた 心の石積みだけど
    青空を見たいなら 壊すしかない
     
    自分が壊れることが怖くて
    造り上げてきたことも 
    壊さなければ 強い自分になれないと
    ようやく 気がついた
     
    360度 空を見まわしたいなら
    ひとりになって 山の上に立て
     
    まわりが何を言っても
    誰も代わっちゃくれない
     
    自分の命 自分の人生
    誰が背負って生きているんだ
    自分しか いない
     
    636分の1の自分の命
     
    貴重じゃあないなんて 誰が言えるんだ
     
    野に咲く 花のごとく
    毅然と 凛と 咲こうじゃあないか
      
    2009.H21.10.31.sat
     
    ※(636分の1の自分の命)
     
    女性が12歳で初潮をむかえ 
    65歳まで巡等に月1回あったならば
    命として生まれることのなかった卵子が
    636個あるということです。
    おおざっぱな考えかたです。
    機械的に子供が産めることができ
    2年に一度の出産でも300人兄弟ができることのなる。
    それが出来ないからこそ
    貴重はひとりなのでは ないでしょうか。

    October 23

    「愛」

    「愛しています」と
    照れずに 言えるようになったとき
    本当の大人に なるのかもしれない
    大切であれば なおさら
     
    2009.H21.10.23.thu
    October 19

    「常識とは・・・?」

    常識とは 誰にとっての常識?
     
    金持ちのため 健常者のため
    知識人のため 宗教家のため
     
    プロゴルファーになった高校生と
    中退したヤンキーの持つ常識には
    大きな隔たりが あると思う
     
    UFOを追いかけている記者と
    PCの前で株の売り買いに明け暮れる人との常識も
    大きくかけ離れていると思う
     
    10歳にも満たない少年が
    食べていくために兵士になる国と
    空腹の感覚がわからないという子供の国の常識と
    一致するものがあるのだろうか
     
    常識という言葉に 縛られ 振り回され
    他人を認められなくなってはいないか?
      
    常識というものを 振りかざし
    他人を貶めてはいないか?
      
    食べ物の常識だって
    土地が変われば 常識でなくなる
     
    礼儀作法だって
    国が変われば 作法が変わる
     
    誰も彼もが 自分と同程度の常識を
    備えているとは 限らない
     
    自分の常識が どこでも誰にでも
    通用するものではない
     
    世間の常識だって 社会の常識だって
    一部の人間には 非常識かもしれない
     
    常識に 絶対などはない
    他人を批判する材料にしてはならない
     
    常識とは 非常識なものでもある
    だから
    人は 会話をし 探りあい すり合わせをし
    仲良くする中間地点を見つけなければならない
     
    それが常識を常識たるものにするのである
     
    2009.H21.10.19.mon
    October 17

    「人生とは 混沌ゆえに」

    親の死を 看取るこども達
    子の死を 看取る親達
     
    どちらの立場が辛いのだろう
     
    生まれながら身体に 支障のある人達
    人生の途中で 体に 障害をおった人達
     
    どちらがの辛さが 深いのだろう
     
    人は誰もが 自分の立ち居ちが
    世界中で一番辛い所にいると 語る
    当人にとっては 地獄だろう
     
    でも 立ち居ちが すこし違う者には
    推測は出来ても 実感は薄い
    想像はできても 客観でしか感じられない
     
    誰も彼もが 自分と同じ地獄の池で
    もがいてほしいのか
    自分と同じ血反吐を吐く思いを
    してもらいたいのか
     
    何を守るための プライドか
    何をかばうための 気遣いか
    何を成すための がんばりか
     
    自分の自我を破壊してまで
    なぜ 見栄を張るのか
    自分の根幹を枉げてまで
    何を 成そうというのか
     
    がんばるところが ずれていまいか?
    押さえる感情を 使い誤っていないか?
    自分で自分というものが 理解できているのか?
     
    死の門を背に 人生振り返って
    今のままで 納得できるか?
     
    どんなにたくさんの洋服や宝石も 
    死を取り去ってはくれない
    どんなに美容に痩身に 大枚はたいても
    時間は止められない
     
    あるがままに 受け入れられないから
    軋み 歪み 亀裂が入り
    抱えきれない いきどうりに
    押しつぶされていく
     
    悪意の毒液を 浴びさせられ
    悪意の風に 吹き晒らされて
    自覚のない悪意の権化に
    その身を食い尽くされて
    なおも生き続ける 地獄をさ迷い
     
    神も仏も この世に無いと嘆き
    苦しみのあまり 自分の身を掻き毟り
    人の尊厳など 机上の空論と
    人格など 塵のごとく消えうせて
    なおも 生きてと懇願されて
    地獄の池で もがき もがき
     
    そんな自分の立ち居ちを
    わずかに ずらすだけで 這い出せる
    周りを見渡し 景色を確認するだけで
    一歩を踏み出す場を 見つけられる
     
    かたくなに なっているものは 何?
    譲れないものとは 何?
     
    身の内にある 激高した感情を鎮めて
    起承転 並べてみれば 結は見つかる
     
    精神と肉体
    相反するものでありながら 一対
    均衡のとり方 均等のあり方を模索し
    不公平もまた公平であると 知る
     
    混沌の中にも 理路整然と法則があるなら
    今 混沌の中の自分にも 
    光明を 見つけることが出来るだろう

    何を守り 何を捨て 何が抱きしめ 何を手放すのか
    どんな状況にあろうと どんな人々にも
    選択の自由は 与えられている
     
    さあ いざ 行かん
    死を背負いながらも 
    生きるこの道を 豊かにするために
    時間は 限られている
     
    世界で一番 不幸などと
    おこがましいことを 言っている暇があるなら
     
    ただ 生きる
     
    苦しみという 呪縛をときほどきながら
     
    2009.H21.10.17.sat
    October 16

    ラジオの話

    札幌 STVラジオ 
    「千ちゃんの幸せラジオドーム 」
    月~金曜 PM6:00~8:00
    パーソナリティ 千秋幸雄(せんしゅう ゆきお)
    happy@stv.jp)(野球中継時はお休み)
    出だしの言葉に いつも癒され 感謝する心を
    思い出させてくれます。
     
    「今日はどんな一日だったでしょうか?
     何か小さな幸せを見つけられましたか?
     それとも何にもない日でしたか?
     何もないからこそ 幸せを感じることも
     あるでしょう。・・・・。」
     
    そして ニュースや天気予報、道路情報。
    それから視聴者から寄せられた「小さな幸せ」の数々。
    (子供の歯が生えてきました。お友達と食事行きました。
     ドライバーの主人が今日も無事故で帰ってきました。etc)
     
    特別な出来事を幸せと数えるのではなく、
    (美味しいお鍋ができました。
    スーパーのタイムサービスに間に合いました。)
    そんな日常の出来事の中に「小さなラッキー」が
    隠れていると思えば、笑顔がこぼれる。
    つまずいて転んだことも、指を怪我したことも
    風邪をひいたことも、大難が小難に収まったと思えば
    御の字になる。
     
    「今 学校に行けません。離婚にました。
     うつで仕事を辞めてしまいました。・・・」
    そんな悲鳴のような投稿も寄せられます。
    そしてその投稿に対して
    「自分が、身内が、友が・・苦しんでいましたが、
     今も一生懸命に生きています。
     一人じゃあないですよ。」と
    共感、共有、協調してくれる人たちが言葉を寄せる。
     
    ラジオのむこうに今日も自分と同じように
    泣き笑いしている人がいる。
    自分と違う悩みで 苦悩している人がいる。
    ラジオを聴くことで、自分というものを見つめ直す時間ができる。
    そして 気づく。
    辛い事も悲しい事も、感謝になるということ。
    過ぎてみれば、乗り越えてこその今だから。
     
    自分の殻を打ち破るのは 自分しかいない。
    誰かに強制されなければ、出来ないのか?
    性格だって 生き方だって 変えることは出来る。
    自分が「気づく」だけのこと。
    「変えられない」という呪縛を落とすのも
    自分が決めること。
     
    ラジオを聴いて、自分を知り 強くしていった。
    「私の人生なんて まだまだ ぬるい。
     だから 大丈夫。悲観してる暇がもったいない。」
     
    今日も千秋(せんしゅう)さんのお話が
    すべて幸せなことだと 教えてくれる。
    そして幸せの見つけ上手になれるだろう。
     
    2009.H21.10.16.fri
    October 04

    「ふたりのワルツ」

    君の声とぼくの声 
    ふたり合わせて 歌おうよ
     
    君の手とぼくの手 
    ふたりつないで 輪をつくろう
     
    君の気持ちを ぼくが受け
    ぼくの想いは 君に預け
     
    ふたりでつくる このリズム
    ふたりで奏でる この愛
     
    悲しみや苦しみを 小さくするよ
    喜びや笑顔を 大きくするよ
     
    春の風に ほほ笑み
    夏の日ざしに 大はしゃぎ
    秋の実りに 感謝して
    冬の寒さに 抱きあう
     
    君の瞳とぼくの眼で
    季節の彩りを 楽しもう
     
    君がいるから ぼくといるから
    ふたりでいるから
    何もかも 印象的に染みてくる
     
    君の吐息と ぼくのときめき
    ふたりのリズムが重なるとき
     
    君とぼく
    ふたりの鼓動が 同じリズムを刻む
     
    踊りだした恋心が 愛に深まる
     
    2009.H21.10. 4.sun
    August 24

    「強くなれ」

    悲しみを 心の傷にするな
    苦しみを 心の強さを変えていけ
     
    無知 故に 無垢でいられるだろう
    無知 故に 無心でもいられよう
     
    だが 本当に それでいいのか
     
    無知 故に 傷付きもするだろう
    無知 故に 騙されもするだろう
    知識がすべてを解決するわけではないが
    知識が無いばかりに
    陥れられることもあろう
     
    無知と 無垢は 紙一重
    無知 故に 無謀であることもあろう
    無知 故に 暴挙に走ることもあろう

    賢く聡く知恵者だからといって
    無心でいられるとは 限らない 
     
    生き抜くための 強さとは
    いかなるものであるのか
    生きていくための 知識とは
    どのようなものなのか

    それを 見極める術を考えることが 
    強さというものかもしれない
     
    2009.H21. 8.16.sun
    August 21

    「夏の極(きわ) 秋の始り」

    湿った夜風にのり
    百合の甘い香りが闇を満たす
     
    今こそ盛りと ひときわ高らかに
    夏の虫たちの声が響く
     
    夏の極と秋の始まりが交差する
    刹那の時期
     
    萌える緑も
    柔らかな若々しさから
    硬く老齢を匂わせる深い色へと変わってきた
     
    夏の暑さにあえぎ疲れ
    夜風の冷たさに震え疲れ
     
    熱い湯で入れた一服の茶に
    肩の力が抜けていく
    激情だけの時を通り過ぎ
    穏やかに見つめあえる時を迎えた
     
    絡めた指さえ 性急な欲情よりも
    心の温もりを伝えてくれる
     
    またひとつ 
    日と月を重ねて
    ふたりの時が満ちていく
     
    2009.H21. 8.16.sun
    August 19

    「囁く者こそ ぼくの声」

    ぼくなんて
    居なくても 何も変わらないよ
     
    戦争も病気も ぼくが いようがいまいが
    起こるものは起こるし 発生しないものはしない
     
    ぼくが 何かしたからといって なにも変わらない
    誰もかれも
    ぼくとは 関係なく生きているし 生活している
     
    なのにぼくは 
    それがたまらなく不満なんだ
    どうしても 不安なんだ
     
    ぼくは 
    人のことなんて どうでもいいし関わりたくない
     
    なのに
    心の奥底で 何かが 何かが囁く
    「本当にそれでいいの?」
    「本当の望みは 何?」
     
    ぼくは ぼくは ぼくは ぼくは ぼくは
     
    誰かが 教えてくれたわけではないのに
    誰かに 吹き込まれたわけでもないのに
    それじゃあ いけない
    そのままで いいわけない
    そう ぼくの心の奥底で 
    感じている 知っている 判っている
      
    ぼくが居なくても みんな困らないさ
     
    でも でも でも でも でも
     
    ぼくに居て欲しいという人に 出会えるかもしれない
    ぼくの手が 役立つ時があるかもしれない
    ぼくを愛してくれる人と
    ぼくの愛する人と 出会えるかもしれない
    そんなぼくの未来を 
    ぼくが自分から放棄してしまうのか
     
    いじけて自暴自棄な ぼくの声と
    なにもかも信じていた素直な頃の ぼくの声
     
    口から飛び出す汚い言葉は いじけたぼくだ
    耳元で囁いているのは 素直なぼく
     
    本当の勇気を持って 選ばなきゃあいけないのは
    囁くぼくの言葉だということは 知っているわかってる
     
    弱くていじけてへそ曲がりな ぼくの言いなり
      
    きっと 変わるよ 変えてみせるよ
     
    だから もう少しだけ 時間をください
     
    囁くぼくの声とひとつになれるまで
     
    もう少しだけ 待っていて下さい
     
    2009.H21. 8.18.tue
    August 18

    「独占」

    陽射しの温もりが
    おまえの頬を染め
    瞳に煌めきをもたらし
    柔らかな動きを作り出す
     
    乾いた風が吹き抜ける  凍える日
    流れる雲に目を向け
    好奇心に満ちた笑顔で
    寒ささえ忘れさせる
     
    満月の夜は 月光を浴び 
    肌はより白く 丸みを帯びている
    緩慢な動きの中にも
    無駄は無く 柳の如くしなやかさ
     
    触れる肌の冷たさも
    交わるまでの刺激剤
    闇に伝わる吐息は
    激しさを増していく
    温もりから灼熱へと変換される
    アナログにしかない好機
     
    ふたりにしか計れない 一瞬の永劫の悦楽
    じぶんだけが知る おまえの恍惚
     
    2008.H20.1.23.wed
    August 16

    「じぶんというもの」

    自分で わかっている
     
    別に高尚なものを 書いているつもりはない
    高尚でありたい という憧れはあるが
     
    時代とそぐわない ということ
    時代が求めていない ということ
     
    誰にも 共感されない
    誰も 答えられない 誰もが 答えたくない
     
    そう わかっている

    誰もが 避けて通りたい話題に
    触れているから
    誰もが 見たくない本心を
    さらけ出さそうとするから
     
    でも 逃げても逃げても 逃げ切れないなら
    向かい合うしかない
     
    だから 書くしかない
    恥ずかしくても 苦しくても 悲しくても
    人として 下地に落ちたくないから
    人として 全うに生きたいから
     
    恥を知るものでありたいから
    怠惰を正当化したくないから
    無知でいたくないから
     
    自分で自分を知り
    自分を戒め 自分に渇を入れ
    叱咤激励反省習得・・・
     
    日常の出来事さえ 自分の選んだ行動の結末
    大難を小難にするのも 自分次第
    結果結論 すべては自分の行動が蒔いた種
    人のせいにしてはならない
     
    未来を見据えて
    自分本位の利己主義者にならないよう
    利他愛に促された行動が
    自分の本位となることこそ
    幸せになるための 妙法であるということ
    悩むことこそ 時間の無駄
     
    結局 ここにたどり着く
    わたしは あなたのために
    あなたは わたしのために
    お互いに 手を差し出し
    喜びを与え合う 分かち合う
    その空間 距離感を 作り出すこと
    自分らしく居られる所になる
    そうして 作った幸せ空間が
    自分の時間を作ることを 許され
    自分の好きなことをすることを 許してくれる
    利他愛でした行動が 自分を幸せにしてくれる
    そこに帰結する
     
    そう とてもよくわかっている
    自分というもの

    あなたを通して 自分を知るということも
     
    2009.H21. 8.16.sun
    August 15

    「あなたは本当の大人になりましたか?」

    本当の大人とは なんだろう?
    誰もが 考え それぞれの答えを持っているだろう
     
    結婚したから 大人?
    子供を産んだから 大人?
     
    結婚していなくたって
    子供を産んでいなくたって
    大人の精神をつちかっている人はいる
     
    本当の大人って何?
     
    自分なりの答えのひとつ
    子供を産んだ以上
    自分の時間や楽しみを優先することより
    子供を育てること
    子供の成長を見守ることに
    重きを置き 尊重できること
    自分の楽しみなんて 
    子供が手を離れてからでもできる
    自分の時間なんて
    子供が生まれる前に十分満たした
    子供がかわいい 子供と楽しむ
    子供を手放す喜びを迎える
     
    子供に限らず
    無償の愛を注ぐことが出来る
    それが 本当の大人の出来ること
    本当の大人は 人のせいにしない
    自分のなすべきことをなし
    自分のすべきことをする
    自分の行うことが
    人を育て人に役立ち人を助ける
    そういう行動ができる
    そういう人を目指し
    そういうことを学びたいと
    ゆっくり じっくり 少しずつ
    考え行動に移すことができることが
    大人をつくっていくのだろう
     
    子供の将来をつくるために役立つなら 
    自分の時間なんてなくてもいいさ
    子供と共にいる時間を楽しめるなら
    自分の時間をささげよう
      
    それでいいじゃあないですか
    大人の時間は長い
    子供のときは短い
     
    ほんの少しの我慢もできない
    大人には なりたくない
    本当の大人になるために
    子供に尽くすことは 犠牲ではない
    無償の愛なんだから
     
    ほんとうに わかっているのかな?
     
    2009.H21. 8.15.sat
    August 13

    「ふたり道」

    重ねた唇で伝わるのは 
    性欲だけではないはず
     
    絡めた舌で現すのは 
    欲望だけではないはず
     
    瞳に映るのは あなたの表情
    愛にひたる あなたの心情
    性をも満たす あなたの愛情
     
    絡めた指で伝わる 熱情
    触れる肌で伝わる 劣情
    繋がり伝わる 激情
     
    性だけが 満たされるものではなく
    心だけが 満足するものではなく
     
    共に過ごす時間は 心を結び
    重ねる体躯は 人生を結ぶ
    快楽だけでは つくれない
    信頼と親愛と愛情という
    ふたりで築き上げていく共有空間
    ふたりでつくる生き様
     
    条件なんかじゃあない
    打算じゃあない
     
    魂が呼び合う 引き寄せあう
    本当の愛をつくる
     
    ふたりの道行き
     
    2009.H21. 8.12.wed
    August 12

    「この大地に 生きる」

    ハルニレのように 諸手を伸ばし
    風を受けて いきいきと生きたいな
     
    ポプラのように 顔を上げて
    青空を目指して のびのびと生きたいな
     
    大地にしっかりと根を伸ばし
    照っても枯れても 負けない強さを
    見つけていこう
     
    深い森に埋もれるように
    ひっそり咲く スズランの
    気高き香りの雄雄しさよ
     
    霜の降りる寒さに負けじと
    たおやかに咲く 玄草の
    たくましき姿の愛しさよ
     
    大地は 命の揺りかご
    晴れても曇っても その身をまかせ
    次の命を託していく
     
    はい松のように 大地にしがみつき 
    重い雪にも 耐えようぞ
     
    ダテカンバのように 己の姿を歪めても
    強い風にも 耐えようぞ
     
    大地は 命の源 命の還る場所
    ここで生まれ ここで生き ここで尽きる
    大地にはぐくまれ 次に命をつないでいく
     
    大地に守られ 大地にいさめられ
    大地に活かされ 大地にのみこまれ
     
    正も負もない 聖も悪もない
    あるがままに なすがままに
    永劫の 深遠の 悠久の
    時を紡いでいくだけ
     
    人として 
    罪深きこともあろう
    強欲にまみれることもあろう
    それでもなお この大地は
    その深い懐で 熱い恩恵で
    生きることを 許してくれる
    生かされていることを 教えてくれる
     
    愛しき この大地よ
     
    2009.H21. 8.11.tue
    August 08

    「うらはら」

    純真なものを
    守りたいと思う気持ちと
    穢してやりたいと思う気持ち
    ぼくの心に 両方ある
     
    雪が降ったばかりの
    真っ白な雪原を
    そのままにしておきたいと思う気持ちと
    無造作に走り回り跡を残したいと思う気持ちと
    ぼくの心は揺れている
     
    生真面目なあいつを見習いたいと思いながら
    融通の利かなさを馬鹿にしている
     
    素直な良い子ちゃんをかわいいと思う反面
    ぶってんじゃあねぇと毒づく
     
    どんなときにも
    どんなことにも
    ぼくの心には 気持ちには
    両方が存在し
    どちらを選ぶべきか
    迷う ぼくがいる
     
    君を好きだと言ってしまいたい
    そのうらはらで
    このまま仲の良い友のままでいたいとも思う
    いつだって
    うらはらの気持ちを持て余し
    何も出来ずにいる
     
    うらはらな ぼく
     
    2009.H21. 7.31.fri
    August 06

    「自己の確立は思いやりと感謝から」

    その昔 漫画の中にあった話
    仏教の法話の1節
    『極楽と地獄には 五尺もある大皿にのった
     ご馳走が いつも 用意されている。
     あの世で幽界誕生した者たちが集い
     好きに食すことを許されていた。
     しかしあるのは、六尺もある長い箸だけ。
     ここでは 用意されている箸以外は
     使うことを許されておらず、
     手づかみで食べようものなら、
     容赦なく餓鬼道に落とされていった。
     地獄の亡者たちは われ先に食しようと
     箸を奪い合い 争い 暴れ
     馳走を自分の口に運ぼうともがくが
     箸が長すぎて なにひとつ口に入れられない。
     周りにいるものを蹴散らし、席を譲らず、
     結局は飢えたまま餓鬼道に落とされていった。
     極楽では、箸を手にした者は
     まず 皿の向かい側に座っている者に
     「お先にどうぞ」と馳走を取り
     向かいの相手の口に入れる。
     また 馳走を食べることが出来た者は
     「あなたもどうぞ」と馳走をかえす。
     そして 後に控えている者に席を譲る。
     そうして誰もが 飢えることなく
     争うことなく 浄土へと歩を進める。』
     
    自分が大好き、自分を大切にしていると聞くと、
    「自己愛の強いエゴイスト」と思われがちであるが、
    自分を愛してくれる人への 恩返しであろう。
     
    一流といわれるスポーツ選手や学者、企業家は
    自分の能力を高める努力を惜しまず、
    自分を取り巻く人々への 感謝を忘れない。
    ちょっとした我慢や他者をおもんばかる心を
    勇気をもって行う人を見て、我々は「その人」を
    「一流」として認めているのだろう。
    利己愛は確かにエゴであろう。
    利他愛は自己と他者とを高める
    これこそ 一石二鳥の妙法なのかもしれない。
     
    幼い時には「ふ~ん」と流していた話も
    大人になると「なるほど」と理解できる。
    人に奉仕できるならば、
    奉仕を受けることもできる人になる。
    まず 自分が行動をすることが
    他者の良い行動を促すことになる。
     
    いろいろな受け止め方はあるだろうけれど、
    うらみ・ひがみ・ねたみ・そめみの心で、
    人をみることが、一番 損な生き方かもしれない。
    後は いじけていること。
    自分を惨めにさせるほど 素直ではないこと。
    うたがり深く 思い込みが強く
    間違った情報の書き換えが出来なく、
    人の話に 聞く耳持たない。
    誰彼かまわず 乱暴でけじめのない言葉使いをし、
    そういうことを直そうとか正そうという、
    意力気力がない。
    汚い言葉使いをして「恥ずかしい」という
    自分自身に羞恥心のないこと。
     
    「人を落とすのではなく、自分が上がること」
    そのための努力とは?
    そのために必要なこととは?
    辛いこと悲しいことは 避けられないなら
    小さく軽くなるよう 努力することだろう。
    「お先にどうぞ」といえる人になることが
    自分らしいことになるように
    また 今日を生きる。
     
    どんな生き方もどんな考えも 結局は自分で決めている。
    反抗することも、素直に従うことも。
    失敗なんて当たり前。泣くことも笑うことも当たり前。
    権利があるなら義務を伴い、責任を背負うこととなる。

    人の生き死には 神の決めたことかもしてないが
    自分が人として生きていくのならば、
    自分の人生の行いに 神は不干渉である。
    自立を目指す子供に親が過干渉になれば 
    弊害をもたらすことと、同じである。

    運の良い悪いを天のせいにして
    なんの努力もせず、不平不満ばかり一人前。
    そんな者には なりたくない。
    そんな者と 一緒にしてもらいたくない。
    孤高であっても 孤独ではない。
    寂しさがあっても 悲しくはない。
    愛されるだけではない 愛する人がいる。

    この世の天にも地にも海にも
    愛が溢れていても 気付かなければ
    厳しさに飲み込まれ うらぶれていく。
    この世の 愛に美しさに 気付けたなら
    生きながらにして 心は救われていくだろう。
    だから
    「お天道様に感謝」する心を
    子々孫々、伝えていきたい。
     
    2009.H21. 8. 5.wed
     
    ※ 自分は恵まれている。
       親に大切にされ、家族に愛され、友人知人もほど良い距離にいる。
       だからこそ、この恵まれている人生にふんぞり返ることなく、
       日々 感謝を重ねていくことが、恵まれている人生に対する
       恩返しでもある。
    July 21

    「生きる理由」

    生きるということは 本能である
     
    生きていることに 理由がほしいのは
    知能を身につけたから
     
    良かったね
    ちゃんと 人類という動物から
    知性ある 人になっている証拠だね
     
    生きていることに 理由付けしたいという
    学習が身に付いているんだね
     
    当たり前のことのようだけど
    当たり前じゃあないんだよ
     
    学ぶこともできない 動物のように
    本能で生きることしかできない
    人々もたくさんいるんだよ
     
    生きることに理由を探すということは
    なんて贅沢な 悩みだね
    贅沢なことなのに 
    なんの感謝もできないことが 悲しいね
     
    生きていることに感謝できないから
    悲しみしか 感じないんだよ
     
    生きていることを喜びにするには
    自分で自分を変えるしかないんだよ
    だって自分の人生なんだもの
    誰も代わってくれない
     
    生きることに理由なんて無くたって
    生きていることに感謝したら
    幸せを感じるものなんだから
    感謝できる自分に変えることが
    生きることの理由かもしれないね
     
    2009.H21. 7.21.tue